転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜

転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜

last update最終更新日 : 2026-07-24
作家:  春風悠里たった今更新されました
言語: Japanese
goodnovel16goodnovel
評価が足りません
17チャプター
162ビュー
読む
本棚に追加

共有:  

報告
あらすじ
カタログ
コードをスキャンしてアプリで読む

概要

ラブコメ

泣ける

異世界ファンタジー

ツンデレ

王子

むずきゅん

学園

転生

王族

前世で陰キャだった俺。 目覚めたらそこはギャルゲーの世界――しかもお調子者でおバカキャラの王子だ。これはもう転生デビューするっきゃないだろ!と、思いきや。 「残念だったな、お前はこのまま俺と結婚するはめになるんだ」  「あんたこそ残念だったわね。誰にも相手にされなくて!」 悪役令嬢の異名を持つラビッツ・ロマンシカまで転生者だとは思わなかった。婚約者として共に過ごすうちに距離は縮まっていき──。 「俺はっ……その、お前がいいんだ」 「調子いいことばっかり言わないで」 ゲーム名は 『星が空へと昇る世界で 〜Last Memory〜』 人の想いが光となって空へと還るこの世界で、俺はたくさんの輝きを見つける。

もっと見る

第1話

1.転生

「…………っ」

 とめどなく涙が溢れる。

 今は夜中。家族はもう寝静まっている。泣き声を漏らさないように、そっとバスタオルで顔を拭いた。バスタオルはびしょ濡れである。

 パソコンの画面には、三人の親子が映っている。ギャルゲーの主人公であるリュークとメインヒロインのルリアン。そして二人の子供だ。

「幸せにな……」

 つい声が漏れた。まぁ、これくらいじゃ隣の部屋の兄貴も起きないだろう。

 エンディング曲『あなたに会える日まで』を聴きながら、俺はスマホを手に取った。このギャルゲーを勧めてくれた友人にメッセージを送るためだ。

『攻略した。最高だよ。泣きゲー界の神だ。マジで泣いた。感動だ。曲も神がかってるな。これから曲を聞くだけで泣きそうになる自信がある。ただ、全員攻略しないとこのアナザーストーリーが解放されないのだけは辛いな。お前が勧めるから頑張ったけど――』

 長すぎるか。

 長すぎるな。

 冷静になり、「全員攻略しないと」の下りからは消して送信した。気の合う友人には、つい長文で送ってしまう。我ながらウザくて引かれそうだという自覚はあるので控えめにはしているつもりだ。

 俺は陰キャだ。常にクラスで気の合うのは一人か二人。感染症が流行る時期は誰とも話せない日がある。だから、どうか友人が今日も健康でありますようにといつも祈っている。

 ただ、挨拶くらいは普通にする。社会不適合者ではない。学校外で誰かと遊ぶことがないだけだ。「うぇーい」とはしゃぐ陽キャなクラスメイトたちを、羨ましさを隠して薄ら笑いで見ている側だ。

「でも、俺にはゲームがある。語り合える友人もいる」

 スマホに通知がきた。友人もどうやら起きていたらしい。

『お、終わったか。最高だろ。でもお前は、ラビッツアフターが欲しいんだよな。分かる分かる』

 メッセージを読むなり頷いて、『それな』のスタンプを押す。俺がもっとも好きなのはルリアンではなくラビッツ・ロマンシカだ。

 今見終わったアナザーストーリーは、リュークとルリアンが両想いになってからの話。このメーカーでは、メインではない他のヒロインとのイチャイチャなその後の話を「〇〇アフター」という商品名で発売することがある。

 ただ、ラビッツの人気は低いんだよな……。発売される可能性はおそらくゼロだろう。

 最後にラビッツを見てから寝ようと、回想画面からオープニング曲を再生した。

 冬の学園がモノクロから少しずつ色づく。

 雪がひとひら。

 またひとひら。

 光の球が空へと昇っていく。

 透明感のある歌声に命が吹き込まれるように、タイトルが表示される。

『星が空へと昇る世界で 〜Last Memory〜』

 レッドブラウンの髪と紫の瞳のラビッツ・ロマンシカが名前と共に現れ、台詞が表示される――。

『あの日の約束、覚えてる?』

 ラビたーん!!!

 その神台詞に、もう一度涙がこぼれた。まさかその台詞が、あのアナザーストーリーに繋がっているとはな!

 リュークとルリアン、そしてリュークの大親友であるニコラとラビッツがいてこそのアナザーストーリーのあのラストだ。

 うぉぉぉぉぉ!!!

 ラビッツへの愛を深くしながらヘッドホンを置き、パソコンの電源を落とす。濡れたバスタオルとスマホを持って布団へと潜り込み、設定資料集を電子マネーでポチッと購入した。

 ――主人公の親友であるニコラ・スタッドボルトに転生するのは、この日から一週間後のことである。

 ◆

 ついにこの日が来たか。

 王立魔法学園の入学式だ。

 日本のゲームだからか、桜が咲き乱れている。俺の頭にはジャパリス国から輸入された花だという、前世とはまったく違う知識が埋め込まれている。

 前世では、トラックに轢かれそうな子供を助けてあの世行き――というベタな最期を迎え、気がついたらこの世界にいた。俺を育ててくれた両親にも、クラスでたった一人の友人にも申し訳ない。せめて、助けたあの子が無事でいてくれたらと願う。

 この半年間、大変だった。

 ニコラの身分は王子。

 記憶を引き継いでいるとはいえ、混乱していた俺を皆が支えてくれた。人前で話す訓練などのスパルタ再教育により、やっとニコラらしさが板についてきた。

 公では王子らしく振る舞うものの、プライベートではお調子者のおバカキャラ。「泥船に乗った気で俺様に任せとけ!」が口癖の憎めない奴。それがニコラだ。

 ――そして今日、あのゲームの舞台が始まる!

 陰キャな俺とはオサラバだ。誰も前世の俺を知らないこの世界で、リア充としての日々が幕を開ける。

 今日が俺の転生デビュー初日だ!

 期待に胸を膨らませ――といきたいところだが、足がガクブルだ。王子としての訓練とは違う緊張感がある。なにせここには、最推しのラビッツがいるのだから。

「おいおいニコラ、顔が真っ青じゃねーか。大丈夫かよ」

「大丈夫だ。俺は王子、問題ない。俺は王子俺は王子俺は王子……」

「全然大丈夫じゃねーだろっ」

 ポンッと俺の頭を小突いたのは、幼馴染で親友の騎士、リューク・ダイバーン。青い髪と瞳でクールに見せている。飄々としてるくせに仲間思いの、かっこいい奴だ。俺の悪ノリにも付き合ってくれる。

 辺境伯家から預かる形で、王宮で仲よく過ごしていた。ここ何年かはリュークだけ騎士学校に入っていたのでしばらく会ってはいなかったものの、俺専属の護衛になるべき才能ある人材として育てられ、悪い扱いはされていない。本人は三男だから気楽でいいと呑気にしている。

 そして――来るぞ。

 俺の最推しが、もうすぐ!!!

 会える日を待ち望んでいた、ラビッツ・ロマンシカ。平民出のルリアン・ウィービングと対をなす悪役令嬢。俺の婚約者なのにリュークの攻略対象であるせいで、一番不人気だった。

 リュークに惹かれちゃダメ、ニコラの婚約者なんだからと切ない乙女心や葛藤や苦悩を抱えながらもツンツンしているところが激萌えなのだ。

 今の俺の立場からすると複雑だが……。

 そろそろだ!

 そろそろ来るはずだ!

 この世界では、ジャパリス国から輸入された悪役令嬢小説がなぜか流行っている。ゲーム制作者の遊び心だろう。ゲームの序盤でラビッツはルリアンにみみっちい嫌がらせをするので、小説になぞらえて「悪役令嬢」とみんなに言われてしまう。オープニングでは名前の上に『ツンデレ悪役令嬢』という異名が書かれていた。

 まだ学園生活は始まっていないので、それを知っているのは俺だけだ。

 今の俺はゲームとは違う。ゲームのラビッツルートのように、二人のキューピッドになるつもりはない。

 どうにか転生デビューを果たし、ラビッツの心を俺に向けてみせる……!

「陰キャの俺には厳しいぜ……」

「昔の威勢はどうしたんだよ」

「俺様はナイーブなんだ」

「しばらく見ない間に、小さい男になっちまったなぁ」

「平均身長だよ!」

 正直、ラビッツの婚約者であることを除けば、モブがよかった気持ちもある。王子という身分はメンタル面でもハードルが高い。半年間の訓練で様にはなってきたものの、楽じゃない。

 しかし!

 誰も俺を知らない世界でやり直しができるのは大きい!

「相変わらずのバカ王子っぷりね、ニコラ。リューク様もお変わりなさそうで」

 来ったぁぁぁ!!

 悪役令嬢、ラビッツ・ロマンシカ!

 薔薇を形どったバレッタでサイドの髪を後ろで留めている。ゲームと同じく鮮やかなレッドブラウンの髪だ。ここでもバレッタから兎耳が生えているのはギャルゲー仕様だろう。

 俺たち三人は幼馴染。ずっと仲よしではあるものの、俺とラビッツが婚約中で、ラビッツはリュークに恋をしているというなんともいえない三角関係だ。

「久しぶりだな。俺とリュークで扱いが違わないか?」

「あなたにはこれでいいでしょう。わざわざ丁寧にする必要ある?」

「婚約者なのに?」

「だからでしょう。私だって、婚約者じゃなかったらもっと敬意を払っているわよ」

「ひっでーなー」

 前世でこんなに口の悪い貴族は創作ですらなかなかないだろうが……ここはギャルゲーの世界。制作者の趣味の世界だ。思う存分、ツンツンを味わえる。

「未だにプライベートでは言葉遣いが悪いのね」

「公私混同はよくねーよ」

「ふん。バカ王子!」

 よし、いつも通りの会話だ。しばらくラビッツとも会っていなかったからな。挙動不審にならず、記憶の通りに振る舞えてよかった。ラビッツもツンツンしてくれている。

 ……でもな。

 デレも見たい!

 生でデレも見たいんだよ!

「リューク様も、えっと。ごきげんよう。久しぶりね。元気だった?」

 頼むー。そんな恋する乙女みたいな顔を親友に向けないでくれー。しょっぱなから心が折れる……。

「水臭ぇよ、ラビッツ。元気そうだな。昔みたいにリュークって呼んでくれよ。調子が出ないぜ」

「そう呼んでいいならそうするわ。すごく逞しくなったわね。騎士学校も卒業したのよね」

「まぁな」

 なんだよ、この俺だけ除け者みたいないい雰囲気は! ていうか、ゲームでもこんな会話聞いたな!?

 いや、しかし前世に比べれば童顔ではあるものの俺はかなりのイケメンだ。金髪碧眼で顔はいい。おバカキャラだったし、ゲームのオープニングでも『お調子者なおバカ王子』という異名が表示されていたが、顔はいいんだ! 自信を持て、俺!

「じゃ、先に行くわね」

 今は入学式のために門をくぐってホールへと歩いているところだ。桜の花びらが風に揺れる。柔らかい春の空気が俺たちを包む。

「待てよ、ラビッツ」

 俺は彼女を呼び止めた。

「なに?」

「せっかく学園で一緒に過ごせるんだしさ、たくさん話そうぜ」

「……あんたとは、いつか嫌でもたくさん話さなきゃならない日がくるじゃない」

 結婚したらってことか。ガックリくるな。彼女の心を俺に向けるなんて、できるのだろうか。陰キャだった俺なんかに。

「ねぇ」

 ふふっと彼女が俺たちに意味深に微笑んだ。風に舞い散る花びらの中に佇む彼女はどこか幻想的だ。

 ――俺は知っている、このシーンを。

 澄んだ歌声がどこからか聞こえるようだ。あのオープニング曲『はじまりの|詩《うた》』は最高だった。せっかくのゲーム世界なんだから、音楽も流れてほしい。

 さっきまでのツンツンな態度が嘘のような柔らかい笑みを浮かべて、彼女が小さく俺たちに向けて呟く。俺はその言葉も知っている。

「あの日の約束、覚えてる?」

 きたー!

 オープニング曲のキャラ紹介でも使われていた神台詞きたー!

 ラビたん!

 ラビたん!

 ラビたん!

 ラビたん!

 ラビッツが踵を返して駆けていく。

 俺はたまらずに叫んだ。

「ラビッツ!」

 彼女が立ち止まる。

「俺、お前が好きだから! 絶対にお前を振り向かせるから!」

 俺は気づいたらゲームにはなかった行動をしていたわけで――もう一度振り向いた彼女は、なぜか無表情だった。

 俺をじっと見つめたあとに、また前を向いて走り去っていく。

「青春だな」

 ボソッと呟くリュークの言葉に、冷静になる。

「なぁ、リューク。その気のない婚約者に大声で好きだと言われた女ってどんな気持ちになると思う?」

「まぁ、迷惑だな」

「だよな……」

 ゲームと同じ台詞を聞いてテンションがマックスに達してしまった。俺はアホだ……婚約者とはいえ、せめてもう少しあいつが俺を好きになってくれないと、迷惑すぎる。

 自信はないけど。

「なぁ、リューク」

 もう一度、地味に落ち込みながら話しかける。

「なんだよ」

「ラビッツの気持ちを理解したいから、さっきの俺の台詞を同じように叫んでくれないか」

「俺の趣味を疑われるだろ!」

 そうだな、想像するだけで気持ち悪い。俺は主人公ではない。これからは気をつけよう。

 ん?

 あれは? リュークの背後からすごい勢いで向かってくるあれは?

「はわわぁ〜、遅刻遅刻ぅ〜!」

 気づいていないリュークは前方の花壇をよけるように大きく右へずれた。俺はブロックに飛び移る。

 リュークにだけ激突だ。

「ぐえっ」

 やはり来たか……メインヒロインのルリアンだ。

「はわわわ。だ、大丈夫ですかぁ〜?」

 薄い金髪でふわっふわの肩までの髪に、ピンクのリボンをつけた青い瞳のヒロインだ。ゲーム通り、リュークは体当たりをされてずっこけている。

「いてぇ……」

「リューク、お前騎士のくせになんで攻撃を食らってんだよ」

「後ろから不意打ちを食らうとは思わねーだろ!」

 普段ならよけられたと思うが、そこはゲームの強制力か。まさにゲーム通りのヒロインとリュークの会話が始まる。

「ごめんなさい。あの、でも、私急ぐので! 行きますね!」

「おい、まだ入学式まで時間はあるぞ」

「私、挨拶をしないといけなくて。実はちょっとした打ち合わせがあるんです」

「は?」

「首席さんなんですよ、私。ルリアン・ウィービングと申します。ルリルリって呼んでもいいですよ」

「呼ばねーよ」

「あは、残念。では行きますね!」

 きたー! 同じく、オープニング曲でのキャラ紹介にもあった台詞!

『ルリルリって呼んでもいいですよ』

 きましたよ、コレ。

 ああ、俺――本当にあのゲームの中にいるんだな……!

「ニコラ、お前だけ避けやがったな。ルリアンだっけか、首席だってな。お前、あれに負けたんだな」

 リュークがもう小さくなったルリアンの背中を親指で指しながら、やれやれとため息をついた。

「うるせーよ!」

 王子だから首席狙いでめちゃくちゃ勉強させられた。ゲームでもルリアンに首席をとられていたから無理だろうと思ったけど、周囲が期待するから頑張った。

 そして、駄目だった。

 ゲームの強制力には抗えない。少し挫折した。これからも定期テストでルリアンは一位をとり続ける。厳しいことは分かっている。

 でも、いつか勝とうと思う。

 ゲームの俺と今の俺は違うんだから、可能性はあるはずだ。もし勝てたら、ラビッツも見直してくれるかもしれないしな。才能は前世よりあるわけだし。

 よぉし!

 転生デビューの始まりだ!

 他の攻略キャラの印象的な数々の台詞は、主人公と女の子が二人きりの時だったから俺は聞けないな……と思いながら、ホールへとまた足を踏み出した。

もっと見る
次へ
ダウンロード

最新チャプター

続きを読む
コメントはありません
17 チャプター
1.転生
「…………っ」 とめどなく涙が溢れる。 今は夜中。家族はもう寝静まっている。泣き声を漏らさないように、そっとバスタオルで顔を拭いた。バスタオルはびしょ濡れである。 パソコンの画面には、三人の親子が映っている。ギャルゲーの主人公であるリュークとメインヒロインのルリアン。そして二人の子供だ。「幸せにな……」 つい声が漏れた。まぁ、これくらいじゃ隣の部屋の兄貴も起きないだろう。 エンディング曲『あなたに会える日まで』を聴きながら、俺はスマホを手に取った。このギャルゲーを勧めてくれた友人にメッセージを送るためだ。『攻略した。最高だよ。泣きゲー界の神だ。マジで泣いた。感動だ。曲も神がかってるな。これから曲を聞くだけで泣きそうになる自信がある。ただ、全員攻略しないとこのアナザーストーリーが解放されないのだけは辛いな。お前が勧めるから頑張ったけど――』 長すぎるか。 長すぎるな。 冷静になり、「全員攻略しないと」の下りからは消して送信した。気の合う友人には、つい長文で送ってしまう。我ながらウザくて引かれそうだという自覚はあるので控えめにはしているつもりだ。 俺は陰キャだ。常にクラスで気の合うのは一人か二人。感染症が流行る時期は誰とも話せない日がある。だから、どうか友人が今日も健康でありますようにといつも祈っている。 ただ、挨拶くらいは普通にする。社会不適合者ではない。学校外で誰かと遊ぶことがないだけだ。「うぇーい」とはしゃぐ陽キャなクラスメイトたちを、羨ましさを隠して薄ら笑いで見ている側だ。「でも、俺にはゲームがある。語り合える友人もいる」 スマホに通知がきた。友人もどうやら起きていたらしい。『お、終わったか。最高だろ。でもお前は、ラビッツアフターが欲しいんだよな。分かる分かる』 メッセージを読むなり頷いて、『それな』のスタンプを押す。俺がもっとも好きなのはルリアンではなくラビッツ・ロマンシカだ。 今見終わったアナザーストーリーは、リュークとルリアンが両想いになってからの話。このメーカーでは、メインではない他のヒロインとのイチャイチャなその後の話を「〇〇アフター」という商品名で発売することがある。 ただ、ラビッツの人気は低いんだよな……。発売される可能性はおそらくゼロだろう。 最後にラビッツを見てから寝ようと、回想画面からオープニング曲を再
last update最終更新日 : 2026-06-24
続きを読む
2.ラビッツと
 入学式は知っていたとおり、ルリアンが新入生代表として挨拶をしていた。 王子だからと俺にならなくてよかった。首席でもないのに、あんな注目を浴びたくない。俺の名前は学園長がチラッと軽く触れただけだ。入学されましたと紹介されたので、その場でやぁやぁと手を上げて笑顔を振りまいておいた。 そのあたりもゲーム通りだ。 たとえ注目を浴びていても、ゲームのストーリー通りなら多少は安心できる。知っていることをなぞるだけなら簡単だ。 今は、俺一人で食堂へ向かっているところだ。リュークは学園を散策して、混雑していない時間を狙って行くと話していた。今頃、他のヒロインたちとの出会いイベントが発生しているのだろう。俺に彼女たちが紹介されるのは、そのあとだ。 今後のイベントを目の前で見るためにも、邪魔をしてはいけない。 「ちょっと、あなた!」「うわぁ!」 ラビッツにいきなり話しかけられた。 こんなシーンあったかなと思い出そうとするも、よく考えるとゲームは主人公視点だ。主人公がウロウロしている間、俺がどこで何をしているかなんて、知ったこっちゃない。そうか……こうやって、ラビッツと会話をしていたのかもしれないな。「どうした、俺の婚約者のラビッツ!」 親指を立てて明るく応える。 内心はこれでいいのかとヒヤヒヤだ。陽キャってこんな感じだよな? ニコラってこういうキャラだったよな?「……ねぇ、あなた転生者でしょ」「え」 笑顔のまま、固まってしまう。 えっと……俺の前世とは違う冴え渡った王子仕様の頭で考えよう。転生者だろうと指摘されたということは、ラビッツも転生者だということだ。 え、マジで。 つまり俺は……このまま俺様キャラのおバカ王子を演じると「頑張って演じてるんだー、痛い痛い」と思われるし、前世の素を出せば「陰キャ乙」と思われるわけで……え、詰んでね?「な、なんでそう思うんだよ」「ゲームよりあなた、痛いし」 心折れたよ!? バキバキだよ!? よく考えると、ゲームのニコラはあんな告白はしていなかった。さっきの一瞬のやり取りでバレたんだろう。 よし、反撃だ。「お前こそ、さっきはゲームの台詞をわざわざ持ってくるなんてご苦労なことだな。ツンデレまで演じて、痛々しいにもほどがあるね」「う……っく」 俺はその台詞にノックアウトされたんだけどな。あれは神がか
last update最終更新日 : 2026-06-25
続きを読む
3.学園パトロール隊
「あのあのっ、朝は失礼いたしました。私、学園パトロール隊の隊長さんになったのですが、お願いがあります。ぜひ入隊してくださいっ」「オッケー!」「はわわ!? 即決ですか!?」 ぶらぶら歩いていたら、ルリアンにばったり会った。そして予想通り、隊への勧誘をされた。ゲームで展開を知っているせいで、まるで預言者にでもなった気分だ。 ルリアンは驚いて目を大きく見開いている。素直で明るく相手を否定したりもしない、ほわほわした雰囲気の癒やしキャラだ。 この子相手なら何を言っても大丈夫だという前世の記憶が、俺の心を大胆にさせる。「ふふん、ルリアンちゃん。俺様は王子、全てお見通しだ。君は学園長に『魔力の強い者が集まるこの学園では不可思議な現象も起こりやすい。首席の君には学園のトラブル対応に一役かってもらいたいんだ。メンバーの選定は任せるよ。ちょうど、今までのメンバーが卒業してしまってね』なんて言われたんだろう。そしてさっき通りすがりのリュークにお願いして了承してもらい、手分けしてメンバーになってくれる奴を探している。リュークは君に言ったはずだ。『さっき一緒にいた俺なら、すぐに了承してくれる』ってね!」 ビシッと親指を立てて決めてみせる。 ゲームでは全員が集合した時に、まさにさっきの俺の「オッケー!」なシーンが回想されていた。 あ、あれ? 黙っちゃったぞ? もしかして、突然饒舌になるオタク特有のムーブをかましてしまったか? 引かれているのか? 「は、はわわわ。すごい……! 王子様ってすごいんですね! こんなにすごいと思ったのは、生まれて初めてかもしれません!」 よかった、驚きで固まっていたんだな。 やはり、ルリアンだ。「ふふん。まぁね」「すごい、すごすぎです!」「もっと褒めてくれてもいいんだぜ」 ルリアンにキラキラした瞳で「すごい、すごい」と連呼されると、つい調子に乗ってしまう。目立ちたくはないけど、尊敬されるのは気分がいいよね! ルリアンはうっかり失言しても、全てを受け入れてくれると知っているから安心だ。 ――パシーン! 突然、頭を横からはたかれた。はたいた扇子でパタパタと自分をあおいでいるのは、ラビッツだ。「いてぇよ!」「なに鼻の下のばしているのよ、気持ち悪い」 再登場のタイミングがよすぎる。これがギャルゲーの力なのか。それとも、さっき
last update最終更新日 : 2026-06-26
続きを読む
4.秘密基地
「ここが学園トラブル対策室、学園パトロール隊の秘密基地です!」「うむ、ただの教室だな」「はい。どの教室にするかは、朝に学園長と決めましたから。それから、勢いで言っただけで、秘密ではないですよ」「分かってるさ。素晴らしい秘密基地だ」 俺たちは案の定、なんの成果も得られなかった。 どこかに寄ることもなく、突然現れた猫にルリアンが「猫ちゃんだ。可愛い〜」と絡みに行き、ラビッツまで「可愛いわね」と猫を猫可愛がりしていた。 明るいオレンジブラウンの地に茶色の縞模様が入った、茶トラ猫だ。ゲームでもルリアンのお友達として、たまーに姿を見せる気ままな存在だった。 ルリアンが友達を欲しがっていることは、ラビッツも知っているはずだ。やや遠慮がちではあったが、笑顔で彼女と会話していた。この世界では、ルリアンにみみっちい嫌がらせをすることはないのかもしれない。 嫌がらせといっても、リアルな虫の人形を彼女の鞄の中に忍ばせたり、危ない目に遭っているところを助けたうえでバカにするといった具合だった。リュークとすぐに仲よくなったルリアンに、文句をつけたいだけだった。リュークにたしなめられ、謝罪もかねて入隊する。 ……まぁ、ルリアン自身は嫌がらせをされているという認識はなく「イタズラが大好きで、危ない時は助けてくれるし注意もしてくれる優しくてお茶目な人」だと思ってはいたが。 ここで嫌がらせすらしないとなれば、もしかしたら「悪役令嬢」という異名はつかないのかもしれない。 うん、俺だけが知る悪役令嬢になるのかもしれないな! それもいい響きだ。 でもな……ゲームでは、リュークが選択肢で「もしかして、ルリアンに嫌がらせをしていたのは……」を選ぶとラビッツルートに突入する。何もしなくてリュークと上手くいくのか? 無理なんじゃないか? うーん。上手くいかなくて落ち込むラビッツを慰めて、俺に気持ちを向かせる作戦にするか。「リュークさんたちはまだのようですね」「そうだね。たぶんメンバーを集めてくると思うよ」「うう……すみません、私が猫ちゃんに夢中になったばっかりに」「いやいや、猫に夢中な二人を見られて眼福だったよ」「ほえ?」 ――スパーン! ……またラビッツに頭を扇子ではたかれた。「いてーよ!」「どうしてあんたはそんなにバカ王子なのよ」「思ったことがつい口に出るんだよ
last update最終更新日 : 2026-06-28
続きを読む
5.謝罪
「なにかしら」 わざとらしく髪をかきあげて俺を冷めた目で見るオリヴィアに、俺は内心、苦手なんだよな……とまた思ってしまう。 それは、ニコラの感情の記憶だ。どうしても引きづられてしまう。「同じ隊員になったわけだしさ。昔のこと、謝っておこうと思って」「……謝られる覚えはないけど」「あの頃の俺は幼くて……オリヴィア嬢にとっては、馬鹿みたいな会話をする俺たちを見たり、その輪に混ざったりするのは苦痛なんだろうって、そう思ってたんだ」「…………」 幼い頃のオリヴィア。『そんな遊びをするなんて、はしたないもの』『品性を疑われるようなことはしないの』『見つかったら叱られるじゃない』 彼女はいつもそう言って、俺たちを遠巻きに見るだけだった。『人が来ないか見張っていてあげるわ』と、わざと輪から離れることもよくあった。 親に言われて仕方なく付き合っているのだと、当時の俺は思い込んでいた。だから彼女を気遣うつもりで、両親に「もうオリヴィアは誘わないでほしい」と言ってしまったのだ。突然誘われなくなったことに、オリヴィアも勘づいていた。それが彼女の心の傷になっているなんて、ゲームをプレイするまで、俺――ニコラは、知る由もなかった。「今ならさ、分かるんだ。傷つけたかもしれないって」「……ふん、あなたも少しは成長したようね」「あの頃はごめん」 ニコラの記憶と俺の記憶が融合し――、謝らなければとこの半年間、ずっと思っていた。オリヴィアも楽しめる遊びを提案すればよかったと、今の俺になる前のことなのに後悔し続けた。 俺の中には、今までのニコラもいる。前世とは違う自分、新たな人生を歩んでいるんだと感じる。「バカな会話ばかりするあなたたちに付き合うのは苦痛だったからいいのよ。むしろありがたかったわ」「オリヴィア嬢……」「苦手なのは確かだもの、よかったの」 強がりだ。分かってはいても何もできない。「少しは王子様らしくなったようねと言いたいところだけど……年頃の私が殿方と二人きりでいるのはよくないわ。すぐに戻ってくださる? ここは旧校舎だけれど、誰かに見られないとも限らないわ」「あ、ごめん」「それに、大事な婚約者がこちらを覗いているわよ」「え!?」 後ろを振り返ると、慌てて曲がり角に隠れるラビッツの姿が――。「な、なんで」「以前はリューク様にご興味がある
last update最終更新日 : 2026-06-30
続きを読む
6.食堂
 あれから、隊員部屋へ戻るとルリアンとベル子がすごく仲よしになっていた。 リュークが「互いに今まで友達がいなかったことが判明した結果、こうなった」と彼女たちを指さした。 ほわわ〜んとするルリアンに、ベル子が「友達……」と言いながらルリアンの腕をぎゅっとしていたので「ほら、ラビッツも」と俺が促すと二人が期待の眼差しで彼女を見て――、「分かったわよ、友達よ!」と言いながらラビッツも二人の腕をぎゅっとして輪になっていた。 とりあえず青春だ。友情が深まってよかった。いかにもなギャルゲーの光景に転生者であるラビッツまで馴染んでいるのは不思議だ……と思いながらも、俺も馴染んでいる気がするしな。 おバカキャラで助かった。多少おかしなことを言っても、引かれないだろう。 さて、今日は入学式の翌日。土曜日だ。秘密基地には自由参加で集合することになっている。お休みだからな。今は食堂で朝食を食べている最中だ。寮生活は自由を満喫できるのがいい。「あいひんふっへ、いいおあ」「飲み込んでからしゃべれ。お前、王子だろ」 リュークになら通じると思ったのに。 「バイキングっていいよな」「そうか? お前、王宮でいいものを食べていただろう?」「残すくらい出てくるの、好きじゃないんだよ。マナーを守るのも疲れる。ガツガツ食いてー」「だからお前、王子だろ」「好きで王子やってないんだよ」「まぁ、俺ならごめんだな」「だろ? 責任重いし注目は浴びるし、いいことなんてラビッツと婚約できたことくらいだ」 そう……責任が重い。実は、表向きには分からないように俺には黒子がどこかに常についている。俺の命を守る護衛だ。それだけが任務だから特に何をしてくるものでもないが、実は呼べば来る。つまり、もし仮にラビッツとデートをしても、どこかに黒子がいて見られている。 ……黒くはないけど。「お前、そんなにラビッツのことが好きだったか?」 ゲームの中ではたまに「ラビッツぅ〜、婚約者だろう!?」とかおどけていたけど、惚れていたわけではない。よく知っている可愛い子と婚約できてラッキー、くらいだ。幼馴染として大事には思っていて、リュークとラビッツが結ばれるルートでは普通にかっこつけて祝福していた。「リュークだって好きだろ?」「まぁ、そりゃ幼馴染だしな。そういう意味じゃないって分かってんだろ?」 入学
last update最終更新日 : 2026-07-02
続きを読む
7.得意技
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます!」 秘密基地の部屋は、来てみたら様変わりしていた。まるで高校のように前向きに並んでいた机と椅子がなくなり、代わりに木製の円卓が中央に用意されている。くつろげる雰囲気だ。「なんか豪華になってないか?」 リュークがルリアンに聞いた。当然の疑問だろう。俺とラビッツはゲームで知っているだけに、わざとらしくやや驚く顔をするだけでだんまりだ。「はい。顧問の先生が『用意しておいたぞ』とおっしゃって。すぐにどこかへ行ってしまいましたけど」「あいつ、何者なんだ」 俺を見るなー。 何を言うか考えるのも、大変なんだぞ。「学園長の知り合いっぽかったし、なんとかしたんじゃないか?」「あー、そういえばそうか。あの格好のまま顧問は学園長と普通にしゃべってんのか……」「あはは。せっかくなのでと机や棚を新調していただいたそうです」「…………」 だから、皆して俺を見るな! ま、そうなんだよな。王子である俺がいるので、せっかくならいいものにしようと、やや高級仕様だ。背後には王家からの寄付金の存在がチラついている。皆もそんな流れを察しているんだろう。 俺はルリアンの言葉に、わざと感心してみせる。 「なるほど。顧問に『これがあれば便利そうだ』と頼めばなんでも手に入りやすそうだな」「はい。必要なものがあればお伝えします」 部屋がこうなるのは知っていたが、ここはゲーム世界とは違う。頼めばそれこそ、ほんとにいろんなものが手に入るかもしれない。 よし、ここは陽キャっぽく!「今度エロ本を頼んでみよーぜ!」 ――スパーン!「いてーよ!」 ラビッツに扇子ではたかれた。「学園パトロール隊をいかがわしい団体にしないで! あんただけ脱退させられるわよ」「じ、冗談だよ、ラビッツ」「私という婚約者がありながら、変なものを頼もうとしないで」「わ、分かった、分かったって」 ちょっとした冗談なのに。いや、陽キャというより、ただのセクハラだったかもしれない。「……ラブラブ?」 ベル子が顎の下に人差し指を立て、こてんと首を傾げた。「そのとーりだ!」 嬉しくなった俺は親指を立ててキラリと歯を輝かせ――、 スパーン!「違うわよ!」「いてーよ! 今のは叩くとこじゃないだろう」「え? えーと???」 ゲームよりも叩かれる回数が
last update最終更新日 : 2026-07-04
続きを読む
8.パトロール開始
「振れてますね」「どえー!?」 導きのペンデュラムがドワンドワンと激しく揺れている。引きが強い方向へと動かすと、とある場所でピタッと止まった。ややずらせば、また動く。 マジか。 ゲームでは振れていなかった。初日だしと、皆でのんびりパトロールするだけだったのに。「この場所ですね」「ドーナツ岩と試しの女神像……」 ベル子が小さく呟いた。 学園の湖畔には、人の五倍以上はあろうかという巨大な岩がそびえ立っている。その中央には穴が穿たれ、女神像がちょこんと鎮座している。ゲームの中で訪れたことのある場所だ。「では、早速レッツゴーです!」 ルリアンが元気よく言って、ぞろぞろと教室を出るが……俺とラビッツは自然と寄り添って小声でヒソヒソと話す。「……ニコラ、どう思う?」「ゲームと違うな」「ええ。気をつけた方がいいかもしれない」「そうだな」 ルリアンは「初めてのパトロール、初めての任務ですね〜」と浮かれている。やる気のなさそうなリュークに、何があるのかと疑問符を浮かべるベル子。そんな三人と、のんびり歩く。 ……危機感はまるでない。「どうする、ラビッツ」「行くしかないでしょ。そのためのパトロール隊なんだから。私の側から離れないでよ、リュークの側からもね」 俺の護衛を兼ねているリュークと、いざとなれば転移魔法を使えるラビッツ。俺を守るのが使命とはいえ……。「俺だって強いんだぜ?」「それはそうでしょ。王子なんだから」「俺だってラビッツを守りたい」「守られるのがあなたの仕事よ。これでも家からかなり言われてるのよ」「うう……」 かっこ悪いんだよな。 俺だって、結構やるのに。「俺の後ろに隠れろ、とか言ってみたい」「……黒子が出てきそうね」 やはり黒子と呼ぶか。ゲームでも通称・黒子だったからな。黒くないけど。「命に代えても守るとかやったらさ、ラビッツも俺を見直してくれるだろ?」「……見直しても死んでるなら意味ないわね。というか、どの面下げて私だけ生き残るのよ。絶対イヤ。家に顔向けできなくなるのよ。全員で転移は無理だけど……」「俺だって嫌だ。皆を見捨てて自分だけ逃げて、何が王子だ。そんなんで国なんか背負えるかよ」「…………」 あれ? なんか黙ったぞ?「ラビッツ?」「そ、そう。それなら全員無事に戻るしかないわね」「ああ。安全
last update最終更新日 : 2026-07-06
続きを読む
9.出会い
「なんだ、これ……」 切り立った岩の穴がなぜか光っている。目の前の試しの女神像の後光のようだ。というか眩しくて、そもそも像がほとんど見えない。 「みんな、下がってろ」「私も戦える」 リュークとベル子が剣を抜いた。 俺とラビッツとルリアンは杖を構える。 剣を抜いたということは、学園スタッフに検知されているはずだ。振り子が振れたことは動かした張本人である顧問がとっくに学園長に伝えているだろう。俺たちがここにいることも把握されているに違いない。 何かあっても助けは来る……が、ここに他の学生が来るのはまずそうだ。オリヴィアにも先に伝えておけばよかったな。今から送るか。 こめかみに指をやる。オリヴィアを強く意識し、キィンと耳鳴りがしたところでメッセージを頭の中で唱える。『試しの女神像の岩穴が発光。剣は抜いた。危険の有無は不明』『そう。立ち入り禁止にしてもらう。続報を待つわ』 ……ふぅ。やっぱり少しだけ疲れるな。ざっくり三十文字程度が限界だが、その時の体力にもよる。 俺たちは、じりじりと女神像の側へ寄った。眩しさが増し強い風も吹き始める。ベル子が魔法の障壁を張った。風だけでなく光も和らいだということは、この光に魔力が宿っているということだ。「ニコラ、お前は下がっとけ」「除け者にすんなよ。みんなで楽しもーぜ!」「……ったく」 リュークがベル子に「お前は障壁を維持してくれ」と言うと、高く跳躍した。魔力の乗った剣が、一層輝きを増した光を切り裂いていく。そうして女神像の真上を横薙ぎし――、「なにするにゃん! 危なすぎるにゃん!」 光が消え去ったそこには、一匹の猫がいた。茶トラ猫だ。ラビッツとルリアンが可愛がっていた茶トラ猫に色は似ているが……尻尾が二本ある。化け猫だ。しかも胸の真ん中に大きな薔薇のコサージュがついた橙色のふりふりドレスを着て、立っている。 ――漫画かよっ!「……ラビッツ、この世界に化け猫はいたっけ?」「いなかったわね。お化けはいるわけだし、化け猫がいてもおかしくはないかもしれないけど……」 顧問のことだな。この世界では正式には思念体という言葉が使われるものの、通称はゴーストだ。「でも、こんなのゲームではなかったわ」「そうだな」 毛を逆立ててシャーと威嚇していたが、何かに気づいたかのような仕草のあとに――、「早くここか
last update最終更新日 : 2026-07-08
続きを読む
10.闇水
 そうして今日は日曜。パトロール隊としては集まらない。が……ラビッツと二人で学園内を歩いている。今朝、食堂でリュークと朝食をとっていたらラビッツが寄ってきて、そうお願い(?)されたからだ。 茶トラ猫のトラは食堂でもオリヴィアの側にいた。賢い猫であることから人語を話せる魔道具を使い、国の中枢部で動けるようオリヴィア直々に訓練中と彼女が説明していた。人では感じ取れない気配も察知できるため、期待の猫と紹介されてトラも得意気に見えた。 俺はその説明の時だけ呼ばれたから隣にいて適当に「頼りにしているよ」と頷いておいた。国の中枢という単語をあえて出したのは、譲ってくれなどと誰かに頼まれないようにだろう。 ま、あの猫はオリヴィアに任せよう。 問題はそのあとだ。ラビッツが不機嫌そうな顔で、「あとで私に付き合って。強制だから」と告げてきた。 ……が、それよりも何よりも今もっとも気になっているのは、この手だ。「ラビッツ」「なによ」「ずっと俺の服の袖を掴んでる気がするけど」「昨日もそうだったでしょ」「……手を繋ぐ気は?」「ない」 どうしてだ。「いきなり転移しなきゃならないような事態は、そうそう起きないと思うぞ」「嫌だって言うわけ?」「いやいや、嬉しい」「ならいいじゃない」「手を繋いだら、もっと嬉しい」「絶対にいや」 なんでだ。 分からない。少しは距離が縮まった気がするのに。きゅっと服を掴んでくれているのに、どうして手を繋ぐのは駄目なんだ! そもそもなんで掴んでるんだ! 女の子は難しすぎる。 ……ま、いいか。嫌われていないことだけは確かだ。前世を思えば、女の子に服を掴まれたことすらないのだ。過度な期待はせず、このささやかな幸せを噛みしめる方向にシフトしよう。 今は二人でひたすら学園内をぶらついている。ラビッツの転移魔法は、行ったことのない場所へは飛べない。いつ何が起きるか分からないから、学園内のあらゆる場所を歩いて記憶しておきたい、ということらしい。 俺はそれに付き合っているというわけだ。ついでに、デート気分をのほほんと楽しんでいる。ラビッツのほうは昨日のこともあり、予期せぬ事態を警戒して俺を誘ったのかもしれない。 普段は用のない校舎まで見て回る。転移先として記憶するのは、特定の部屋でなくとも目の前の廊下で十分だ。講義棟、研究棟、トレーニン
last update最終更新日 : 2026-07-10
続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status